建設業界でDXが叫ばれる中、最も生産性に直結する型枠工事だけがデジタル化から取り残されています。原因はITツールではなく、現場に潜む構造的な盲点にありました。本記事では、真の型枠DX実現に必要な基盤整備の方法を、現場目線で徹底解説します。

はじめに
建設業界ではBIMやAIを活用したデジタル変革が加速しています。しかし現場の生産性を左右する型枠工事では、いまだにデジタル化が進んでいません。
多くの企業がITツールの導入を試みるものの、現場では紙の図面や電話での指示が主流のままです。なぜ型枠工事だけがデジタル変革から取り残されているのでしょうか。
本記事では、IT導入以前に存在する構造的な課題を明らかにし、真の型枠デジタル変革実現に必要な基盤整備の方法を解説します。現場の盲点を理解することで、効果的なデジタル化への道筋が見えてきます。
型枠工事でDXが進まない3つの構造的要因
建設業界ではBIMやICT施工など、デジタル技術の導入が進んでいます。しかし現場の生産性を最も左右する型枠工事では、いまだにデジタル化が十分に進んでいません。
本章では、型枠デジタル変革が停滞する背景として、工事の特性、情報流通の課題、そして標準化の困難性という3つの構造的要因を明らかにします。これらの要因を理解することが、効果的なデジタル変革推進への第一歩となるでしょう。

型枠工事のデジタル化が他の工程より遅れている理由
BIMやAI導入が進む中、型枠工事だけが取り残される構造的盲点を解明します。
建設業界ではデジタルトランスフォーメーションという言葉が日常的に語られるようになって久しく、BIMやICT施工、AIによる進捗管理など華やかな技術テーマが並んでいます。一方で、現場の生産性を最も左右する型枠工事の領域では、いまだにデジタル化が十分に進んでいません。
生産性のボトルネックとして指摘されながらも、型枠デジタル変革の動きが鈍いのはなぜでしょうか。その理由を探ると、単にITツールの問題ではなく、現場を支える構造的な盲点が浮かび上がってきます。技術以前の課題に目を向ける必要があるのです。
職人の経験に依存する型枠工事の特性と標準化の壁
現場ごとの調整が必須で標準化が難しい型枠工事の特性がDXを阻んでいます。
型枠工事は、鉄筋コンクリート建築における最も物量が多く、手間がかかる工程のひとつです。設計図に基づいて木製または金属製の型枠を組み立て、コンクリートを打設し、硬化後にそれを解体します。
この過程は一見単純に思えますが、実際には職人の勘と経験に強く依存しており、現場ごとに異なる条件に応じた細かな調整が日常的に発生しています。いわば標準化しにくい工法の集合体であり、この性質こそがデジタル変革推進の最大の壁となっているのです。筆者が建設業界のDX支援を行う中でも、この標準化の困難さが多くの企業で共通の課題として浮上しています。
BIM導入前に解決すべき情報共有の課題
型枠工事のデジタル化を阻む最大の障壁は、ITツールそのものではありません。むしろ、複雑に入り組んだ情報流通経路と、デジタルリテラシーの格差が根本的な課題となっています。
本章では、BIMなどの先進技術を導入する前に、まず整備すべき情報共有の仕組みと、現場が抱える職能構造の問題を詳しく解説します。これらの基盤整備なくして、真のデジタル変革は実現できないでしょう。

設計・施工・職人をつなぐ情報伝達ルートの複雑さ
多層的プレイヤー間で図面情報が食い違い、紙と電話が主流のままです。
IT導入以前にまず立ちはだかるのが、情報の流通経路の複雑さです。型枠工事の計画は設計事務所や施工管理者だけで完結しません。
協力会社や職長、資材業者、型枠大工など多層的なプレイヤーが関与しており、その各層で参照している図面や寸法情報が微妙に食い違うことが多いのです。BIMモデルを導入すれば統一できると考えるのは理想論で、実際にはBIM情報をどの粒度や形式で現場作業に落とし込むかが明確ではありません。
結果として、紙の施工図やスケッチ、電話での指示が今も主流になっています。デジタル化の前に、情報伝達の仕組み自体を見直す必要があるでしょう。
中小零細企業が多い型枠業界のデジタル格差問題
中小零細中心の職能構造が教育体系とリテラシー底上げを阻害しています。
型枠業界特有の職能構造もデジタル変革を阻む要因となっています。型枠工事を担う多くの職人は中小零細の専門工事会社に属しており、統一的な教育体系やデジタルリテラシーの底上げが進んでいません。
現場にタブレットを持ち込む環境が整っていない場合も多く、デジタルツールはむしろ作業時間を奪うものと受け取られがちです。ITの前に共同作業を支える合意形成の仕組みが欠けています。
新しいシステムを導入しても、その運用を維持するための人手と時間のコストが現場には残らないのが実情です。技術格差の解消が急務といえるでしょう。筆者が中小企業のDX支援を行う際も、このリテラシー格差への対応が成功の鍵を握ることを実感しています。
設計図と実際の施工がズレる構造的な盲点
型枠工事では、設計段階で作成された図面と、実際の現場施工が一致しないケースが頻繁に発生します。この背景には、設計と工程管理の分断という構造的な問題があります。
本章では、施工管理者と型枠大工の役割の違いが生む情報の齟齬と、その結果として発生する出来形管理の課題を明らかにします。この分断を放置したままでは、いくらITを導入しても効果は限定的でしょう。
施工管理者と型枠大工の役割分担が生む情報の齟齬
設計と工程管理の分断が情報齟齬を生み、出来形管理が滞る原因となります。
型枠の設計と工程管理が切り離されている点も見過ごせない盲点です。施工管理者は安全やコスト、工程を総合的に見る立場にありますが、型枠の詳細な組立図や加工図までは踏み込まないことが多くなっています。
一方で、型枠大工は現場の納まりに適したその場の最適解を選ぶため、結果として設計図面とは異なる実施工が行われることもあります。ここで情報の齟齬が生まれ、出来形の管理や次工程へのフィードバックが滞ってしまうのです。
この分断された構造を放置したままIT化を進めても、表面的なデジタル化に留まり、現場の混乱をむしろ助長する危険すらあります。役割と情報の流れを再設計する必要があるでしょう。
型枠DX成功のために必要な4つの基盤整備
型枠工事のデジタル化を成功させるには、最新のITツールを導入する前に、現場の基盤を整える必要があります。本章では、情報共有の仕組みづくり、アナログ情報フローの整理、データ蓄積の標準化、そして先進ツールの効果的な活用という4つのステップを解説します。
これらの基盤整備こそが、持続可能な型枠デジタル変革を実現する鍵となるでしょう。
デジタルツール導入前に整えるべき情報共有の仕組み
コミュニケーションの質を可視化し、デジタルに置き換える型を作ることが先決です。
型枠デジタル変革を進めるには、まずデジタルツールを使える現場を作る前に、情報が共有できる現場を作る必要があります。つまり、図面の読み合わせや工程の段取り会議など、現場で当たり前に行われているコミュニケーションの質を可視化し、デジタルに置き換えても成立する型をつくることが重要です。
BIMモデルや3Dスキャンを導入することが目的ではなく、それらのデータをどのように職人の判断材料に転換できるかが本質となります。技術ありきではなく、現場の実態に即した設計が求められるでしょう。筆者が企業のDX戦略を支援する際も、まず現場の業務フローを可視化することから始めています。
AI・ARツールを活かすためのデータ蓄積と標準化
先進ツールの前提となる正確なデータ蓄積には、小さな標準化の積み重ねが必須です。
最近では、型枠の割付を自動で最適化するAIツールや、現場での墨出しを拡張現実で支援するアプリなどが登場しつつあります。しかし、これらのツールも現場のデータが正確に蓄積されていることを前提としています。
つまり、デジタル変革の入り口に立つためには、まずアナログな情報フローの整理と改善が不可欠なのです。具体的には、図面変更の伝達ルールや、型枠資材の管理方法、出来形データの記録フォーマットなど、小さな標準化の積み重ねがデジタル化の地盤を作ります。
地道な改善活動こそが、先進技術を活かす土台となるでしょう。生成AIを活用した業務改善支援を行う中で、このデータ基盤の重要性を日々実感しています。
職人の暗黙知を共有可能にする文化改革
型枠デジタル変革が進まない根本原因は、技術的な問題ではなく、組織文化にあります。職人の勘や経験を尊重するあまり、そのノウハウが属人化し、組織全体で共有されない状況が続いています。
本章では、暗黙知を形式知に変える必要性と、デジタル変革の本質である関係性の再設計について解説します。文化改革なくして、真の生産性向上は実現できません。
職人の経験とノウハウを形式知として蓄積する方法
見える化の文化がなければ、ITツールは単なる帳票作成機に終わります。
突き詰めれば、型枠デジタル変革が進まない最大の理由は見える化する文化が根付いていないことにあります。職人の勘や経験を尊重する文化が強いがゆえに、そのノウハウが形式知として体系化されていません。
デジタル化とは、単にデータを機械に入力することではなく、現場の知を共有可能な形で保存し、再利用できるようにするプロセスです。この理解がないままITを導入しても、ツールは単なる帳票作成機に終わってしまいます。
知識の可視化と共有こそが、デジタル変革の第一歩となるでしょう。20年以上のソフトウェア開発経験を通じて、技術継承の仕組み化がいかに重要かを痛感してきました。
型枠DXの本質は技術導入ではなく関係性の再設計
誰が、どの情報を、どのタイミングで扱うかという関係性の再設計こそが本質です。
デジタル変革とは技術ではなく関係性の再設計です。誰が、どの情報を、どのタイミングで扱うのかという関係を見直さなければ、型枠工事の生産性は変わりません。
現場の人間関係、契約構造、教育体制、それらを再構築する勇気が、真の型枠デジタル変革への第一歩となります。ITよりも先に、人と情報の流れを整えること。
そこにこそ、現場が抱える盲点を打破する鍵があるのです。技術は手段であり、目的ではないことを忘れてはなりません。経営とITの両面から企業を支援する立場として、この関係性の再設計こそがDX成功の本質だと確信しています。
まとめ
型枠工事のデジタル変革が進まない理由は、ITツールの性能不足ではありません。情報流通経路の複雑さ、デジタルリテラシーの格差、設計と施工の分断、そして見える化の文化欠如という構造的な課題が根底にあります。
BIMやAI、拡張現実といった先進技術を導入する前に、まず情報共有の仕組みを整え、アナログな業務フローを標準化し、職人の暗黙知を形式知に変える取り組みが不可欠です。型枠デジタル変革の本質は技術導入ではなく、人と情報の関係性を再設計することにあります。
現場の人間関係、契約構造、教育体制を見直し、小さな標準化を積み重ねることで、持続可能なデジタル化への道が開けるでしょう。
FAQ
型枠DXがなかなか進まないのはなぜですか?
ITツールの問題ではなく、現場の情報共有体制と職人文化に根本原因があります。
型枠工事は職人の経験に強く依存しており、標準化が難しい工程です。さらに設計事務所、施工管理者、協力会社、型枠大工など多層的なプレイヤーが関与し、各層で参照する図面や情報が微妙に食い違います。デジタルツールを導入する前に、この情報伝達の仕組みと職人の暗黙知を形式知に変える文化改革が必要です。
BIMを導入すれば型枠工事のデジタル化は実現できますか?
BIM導入だけでは不十分で、情報を現場作業に落とし込む仕組みが必要です。
BIMモデルを導入しても、そのデータをどの粒度や形式で現場作業に活用するかが明確でなければ効果は限定的です。結果として紙の施工図や電話での指示が主流のままになります。まず図面の読み合わせや工程会議など、既存のコミュニケーションを可視化し、デジタルに置き換えても成立する型を作ることが重要です。
中小零細企業でも型枠DXに取り組めますか?
小さな標準化の積み重ねから始めることで、規模に関係なく取り組めます。
大規模なシステム導入ではなく、図面変更の伝達ルール、型枠資材の管理方法、出来形データの記録フォーマットなど、小さな標準化から始めましょう。これらの地道な改善活動がデジタル化の地盤を作ります。統一的な教育体系とデジタルリテラシーの底上げを並行して進めることで、持続可能なDXが実現できます。
設計図と実際の施工がズレてしまう問題をどう解決すればよいですか?
施工管理者と型枠大工の役割分担を見直し、情報の流れを再設計する必要があります。
施工管理者は工程全体を見るものの型枠の詳細までは踏み込まず、型枠大工は現場判断で設計と異なる施工をすることがあります。この分断を解消するには、誰がどの情報をどのタイミングで扱うかという関係性を再設計し、出来形管理と次工程へのフィードバック体制を整備することが不可欠です。
AIやARツールは型枠工事に有効ですか?
現場のデータが正確に蓄積されていることが前提で、基盤整備なしでは効果を発揮できません。
型枠の割付を最適化するAIや墨出しを支援するARアプリは登場していますが、これらは現場データの正確な蓄積を前提とします。まずアナログな情報フローを整理し、データ蓄積の標準化を進めることで、先進ツールが真の効果を発揮します。技術ありきではなく、現場の実態に即した導入が重要です。
職人の経験やノウハウをデジタル化するにはどうすればよいですか?
見える化する文化を醸成し、現場の知を共有可能な形で記録する仕組みが必要です。
職人の勘や経験を尊重する文化が強いため、ノウハウが属人化しています。デジタル化とは単にデータ入力ではなく、現場の知を保存して再利用できるようにするプロセスです。作業手順や判断基準を言語化し、写真や動画で記録するなど、形式知として体系化する取り組みから始めましょう。
型枠DXを成功させるための第一歩は何ですか?
ITツールの導入ではなく、人と情報の流れを整えることから始めてください。
型枠DXの本質は技術導入ではなく、関係性の再設計です。現場の人間関係、契約構造、教育体制を見直し、情報が自然に共有される仕組みを作ることが最優先です。その上で小さな標準化を積み重ね、職人が納得できる形でデジタルツールを段階的に導入していくことが、持続可能なDX実現への道筋となります。
専門用語解説
BIM(ビム):建物の3次元モデルに情報を持たせて設計から施工、維持管理までを一元管理する手法です。Building Information Modelingの略で、図面だけでなく材料や工程などの情報も統合できるため、建設業界のデジタル化の中核技術とされています。
ICT施工:情報通信技術を活用して建設現場の生産性を向上させる施工方法です。ドローンによる測量、建設機械の自動制御、施工データのリアルタイム管理などが含まれ、人手不足の解消と品質向上を同時に実現する技術として注目されています。
型枠工事:鉄筋コンクリート構造物を作る際に、コンクリートを流し込むための型を組み立てる工程です。木製または金属製の型枠を設置し、コンクリート硬化後に解体します。建築工事の中で最も物量が多く手間がかかる作業のひとつです。
暗黙知:言葉や文章では説明しにくい、経験や勘に基づく知識のことです。型枠工事では職人の長年の経験による微妙な調整技術がこれに該当します。対義語は形式知で、マニュアルや図面など誰でも理解できる形で記録された知識を指します。
形式知:文書や図面、データベースなど、誰でも理解できる形で記録された知識のことです。暗黙知を形式知に変換することで、組織全体での知識共有と技術継承が可能になります。デジタル化の本質はこの変換プロセスにあります。
デジタルリテラシー:デジタル機器やソフトウェアを適切に使いこなす能力のことです。建設現場では世代間や企業規模によってこの能力に大きな格差があり、DX推進の障壁となっています。教育体系の整備と底上げが急務とされています。
出来形管理:施工した構造物が設計図通りに仕上がっているかを確認する管理手法です。寸法や位置、品質などを測定して記録し、次工程に引き継ぎます。型枠工事では設計と実施工のズレが発生しやすく、適切な出来形管理が品質確保の鍵となります。
執筆者プロフィール
小甲 健(Takeshi Kokabu)
AXConstDX株式会社 CEO
製造業・建設業のデジタル変革を支援する技術起点の経営者型コンサルタントです。20年以上のソフトウェア開発実績を活かし、現場の課題解決と戦略支援の両面から企業の成長をサポートしています。
専門領域
生成AI活用、DX推進、業務改善、コンテンツ制作、経営戦略支援を軸に、製造業と建設業に特化したコンサルティングを展開しています。CADシステムのゼロ構築や赤字案件率0.5%未満の実績に加え、提案受注率83%という高い成約率を誇ります。
グローバル視点
ハーバードビジネスレビューへの寄稿経験を持ち、サンフランシスコでのbtraxデザイン思考研修やシリコンバレー視察を5回以上実施するなど、グローバルな視点から日本企業の変革を支援しています。
コンサルティングの特徴
先見性と迅速な意思決定を強みとし、業界シフトを先読みした実行支援を提供します。ドラッカーや孫正義、出口治明など経営思想の巨人たちから学んだ知見を、現場の実践に落とし込むことで、持続可能な成長を実現します。
技術と経営の両面から企業を支える独自のアプローチで、製造業・建設業の未来を切り拓いています。